あつぎひがし座(厚木市)

Atsugi Higashi-za

Ningyo Joururi "Keisei Awa-no Naruto" Junrei-uta-no dan

人形浄瑠璃『傾城阿波の鳴門』巡礼歌の段

  • あつぎひがし座

     神奈川県には江戸時代から伝わり、国の重要無形民俗文化財に指定されている相模人形芝居があります。厚木市内にも「林座」「長谷座」の二座が現在もさかんに活動しています。しかし、全国の郷土芸能と同じように、相模人形芝居でも後継者育成の問題を抱えていました。  そこで、昭和四六(一九七一)年、当時女子校だった神奈川県立厚木東高等学校に人形浄瑠璃部「ひがし座」が創立されました。その後、人形浄瑠璃に魅せられたまま卒業した部員たちがOG会を結成し、技芸の向上、観客層の拡大と掘り起こしを目的に、毎年自主公演を開催するとともに、演目数も増やしました。  平成七(一九九五)年には、名称を「あつぎひがし座」として本格的に活動を始め、今では多くの支援を得て、地域文化の一翼を担うまでになりました。  創部以来五十年を経て、「あつぎひがし座」では、共学校になった厚木東高等学校人形浄瑠璃部の指導をはじめ、人形浄瑠璃教室や依頼公演など、活発に活動を続けています。  伝統的な浄瑠璃の演目として、今回ご覧いただく『傾城阿波鳴門』のほか、『二人三番叟』、『壺坂霊験記』沢市内の段、『絵本太功記』尼崎の段、『新版歌祭文』野崎村の段、『菅原伝授手習鑑』寺子屋の段、『伽羅先代萩』政岡忠義の段、『艶姿女舞衣』酒屋の段、『生写朝顔日記』宿屋の段、『増補大江山』戻り橋の段、『奥州安達原』袖萩祭文の段、『三十三間堂棟木由来』平太郎住家の段、『玉藻前曦袂』道春館の段、『本朝廿四孝』十種香の段、『釣女』をレパートリーにしています。 また、現代における郷土芸能の在り方についても考え、〝伝統と現代の接点〟をテーマにした新しい人形芝居『月姫・星姫』『雨月道成寺』『花と月』の創作にも挑戦し、より広い年齢層を魅了するための積極的な取り組みを実践しています。

  • 人形のしくみ

     「あつぎひがし座」の扱う人形は、文楽や淡路人形に見られる「三人遣い」です。  首(かしら)と右手を遣う「主遣い」を中心に、「左遣い」、「足遣い」に分かれ、三人で一体の人形を遣います。  「主遣い」は、人形の背中側から胴の中に入れた左手で、上から差し込まれた首を支えるとともに、人形の袖から入れた右手で、人形の右手を操ります。  「左遣い」は、右手で「差し金」という長い棒の先についている人形の左手を操作してさまざまな動きに対応します。持ち物の出し入れを行うのも「左遣い」の役割です。  「足遣い」は、文字通り人形の足の動きを担当しますが、決まりどころの踏み込む音を出すのも重要な役割です。男の人形には二本の足がありますが、女の人形には足がなく、着物の裾で足先の動きを作り、また肘を使って人形の膝の動きを表現していることはあまり知られていません。  人形は三人の息が合ったとき、はじめてリアルで美しい動きを見せるのです。

  • 『傾城阿波鳴門』巡礼歌の段

     十郎兵衛・お弓の夫婦は、失われた主家の刀を探して、ひとり娘のおつるを預けて、阿波の徳島から大阪に移り住んでいます。  お弓がひとり、夫の無事と刀の発見を祈って神仏に祈っていると、順礼の娘が訪れます。話を聞くと両親を探して徳島から旅をしてきたといいます。両親の名前を問えば、間違いなく自分の娘です。お弓は今すぐに抱きしめ母と名乗りたい思いを抑え、国へ帰るように、泣く泣く追い返します。おつるが去りながら歌う順礼歌に、こらえきれずに泣き崩れるお弓ですが、思い直し、急いでおつるの後を追うのでした。

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