概説 かながわの民俗芸能

Introduction Kanagawa's Folkloric Performing Arts

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かながわの民俗芸能

 かながわの地は古くから都と陸奥とを結ぶ交通の要衝でしたが、鎌倉に幕府が開かれてからは、鎌倉への陸海の交通路が発達し、内外の物資や文物の交流が促進されるともに新たな武家文化や鎌倉仏教が興りました。その後江戸に徳川幕府が置かれると、江戸に通じる東海道や県の北部を通る甲州街道等の街道沿いには宿場町ができ、周辺の農村も発達しました。

天王信仰と芸能

 江戸時代に入ると、大山や江の島といった信仰の地へ観光を兼ねた参詣客も増えてきました。人々の往来が激しくなると、疫病の流行という問題が出現します。特に夏に時期には日本の夏の特徴でもある高温多湿が大きく影響して時には疫病が猛威を振るいました。
 この疫病を退散・放逐する祭礼行事として、祇園精舎の守護神である牛頭天王(ごずてんのう)を奉じた「天王祭」が各地に伝わっています。鎌倉市の鶴岡八幡宮と深く関わる横浜市金沢区の瀬戸神社では三つ目神楽といって湯立神楽が奉じられます。同じく横浜市戸塚区の八坂神社では江戸の町で流行った『わいわい天王』の名残を現在に残す「お札まき」が行われています。
 また、愛川町三増(みませ)諏訪人神社の境内社八坂神社の祭礼(お天王さまとも呼ばれています)では、一人立三頭獅子舞が奉納されます。
 箱根町宮城野の諏訪神社で行われる天王祭では、全国的にも珍しい獅子による湯立神楽が奉納されます。また、その前日の夜には辻締めといって、集落に通じる数カ所の辻々で、剣を用いた呪法や獅子舞の後、御幣(ごへい)が建てられて、疫癘(えきれい)の侵入を防ぎます。

神楽

 湯立というのは、基本的には祭りの庭に設えた大釜に湯を煮えたぎらせ、神聖な霊力を持つと信じられたその湯を祭神に献上するとともに、笹や幣束などの湯たぶさを用いて参集した氏子や参拝客等に振りかけて祓い清めるというものです。これは、明治の初めに途絶えた伊勢の外宮の御師(おし)たちの寄り合い神楽がその源とされといます。一般的には湯立神楽は釜の湯の泡にちなんで湯花神楽と称されるのですが、県内の海岸地方では潮(汐)神楽とも称しています。
 また、鶴岡八幡宮に職掌として奉仕した神楽男(かぐらお)が伝えたことから鎌倉神楽ともいわれ、鎌倉市を中心に横浜市や藤沢市、三浦半島などで広く分布しています。
 また、これとは別に神代神楽、里神楽と呼ばれる神楽が県内各地に伝えられています。これは、古代の神話などを題材にした仮面黙劇です。また、仮面をつけた舞を神職一人で行う禰宜舞(ねぎまい)というのもあります。さらに、かつて獅子を舞わすとともに伊勢神宮のお札をもって全国巡った伊勢の太神楽の流れを汲む太神楽も数的には少ないのですが、幾つか伝えられていますし、箱根の宮城野と仙石原の2カ所伝わる湯立獅子舞(湯立獅子神楽)は、この太神楽の獅子と湯立が結び付いたものと考えられ、全国的にも極めて珍しいものです。

さまざまな風流踊り

 「風流」と書いて、日本の芸能史では「フリュウ」と読みます。もともとは「雅やかなもの」「優雅なもの」という意味でしたが、後にさまざまな意匠を凝らしてきらびやかに装飾した祭礼の山車や、華やかな扮装や仮装をして、囃子物を奏して踊った踊りをいうようにもなりました。
 三浦市三崎の仲崎。花暮の小正月のチャッキラコは、揃いの晴れ着の少女たちが、舞扇やチャッキラコと呼ばれる綾竹を手に繊細で優美な舞を奉納します。
 ささら踊りは、かながわを代表する風流踊りの一つです。小さな割り竹をつないだビンザサラという楽器を手にして踊ることから近年このように呼ばれるようになりましたが、古くは単に盆踊り、盆唄等と呼ばれ、少女を主とする若い女性たちによって踊られました。
 一方、男性だけによって踊られるものに、鹿島踊りがあります。この踊りは、かつては小田原市から静岡県東伊豆町にかけて二十数カ所で踊られていたのですが、現在は県内では小田原市根府川と米神、湯河原町の吉浜と鍛冶屋そして真鶴町真鶴の五か所にしかのこっていない貴重な芸能の一つです。
 また、一人立三頭獅子舞は、主に関東や東北地方を中心に演じられる腹部につけた鞨鼓(かっこ)をバチで打ちながら剣獅子・巻獅子・玉獅子等親子に見立てた三頭が一組となって舞うもので、西日本ではあまり見られないものです。
 横須賀市の虎踊りは、虎を疫神(やくじん)に見立てて調伏(ちょうぶく)するというものですが、近松左衛門の浄瑠璃(じょうるり)『国姓爺合戦(こくせんやかっせん)』の趣向が取り入れられた珍しいものです。
 中井町・大磯町に伝わる鷺舞も動物風流の稀少な芸能の一つです。山北町共和のお峯入りは、江戸時代には行われていたという記録ののこる、修験道の行事に風流(天狗や獅子、山伏等の仮装行列、そして種々の趣向を凝らした飾り物、笛や太鼓といった囃子による諸芸能)が加わり総勢八十名の男性によって繰り広げられる大がかりなものです。

人形芝居・地芝居・仏事系芸能等

 そのほかかながわには、相模人形芝居と呼ばれる三人遣いの人形芝居が五座ありますが、これは人形の頭(かしら)の仕組みが文楽のものより古いといわれ、日本の人形芝居の歴史を知るうえで貴重なものになっています。
 また、数は少なくなりましたが、いわゆる地芝居と呼ばれる素人歌舞伎も数座行われています。そして歌舞伎とは直接的には結び付きませんが、その影響を少なからず受けているものに飴屋(あめや)踊りがあります。
 横浜市旭区善部町の妙蓮寺に伝わる曲題目は、南無妙法蓮華経の七文字の題目に節をつけて唱え、それに稚児たちが綾取り芸(両端に赤色の房をつけたバチと呼ぶ綾竹)を合わせ演じるもので、全国
的にも珍しく貴重な芸能です。
 大和市上和田の薬王院・横浜市旭区の三佛寺川崎市の川崎大飛等に伝わる双盤念仏も長い伝統を受け継ぐ仏式の芸能です。
 山北町向原(むこうはら)の能安寺では、長さ九㍍の大数珠を男衆が交互に引き回す、念仏とともに床板を打ち鳴らす悪疫退散の念仏行事である世附(よづく)の百万遍念仏が行われています。これには清め祓いの獅子舞と遊び神楽が加わっていて日本の芸能を考える上での貴重な芸能です。

 このような歴史的背景のもとにさまざまな経緯を経て積み重ねられてきたかながわの民俗芸能やその母胎である祭礼行事は、きわめて多様性に富んでいて全国的にも貴重なものが数多くあります。かながわに生まれ、住まい、あるいは学び働くみなさんが地域の芸能や行事に目を向けていただけたら幸いです。

執筆者紹介

石井一躬(いしい・かずみ) 1941(昭和16)〜2020(令和2)
北海道函館市生まれ。早稲田大学大学院修了。神奈川県内の高校・大学等に勤務の傍ら、全国各地の祭礼行事・民俗芸能の調査研究に従事。この間県立愛川高等学校校長として、地域の伝統芸能「三増獅子舞」等を学校選択科目として正規の授業に取り入れ地域学習と同時に後継者育成の一助とする全国初の試みを立ち上げる。
神奈川県文化財保護審議会委員、文化芸術振興審議会委員等を歴任。
神奈川県民俗芸能保存協会会長、のちに顧問。「かながわ民俗芸能祭」では初回から第9回まで解説を担当した。

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